ステージIIIの大腸がん患者が週にアーモンドやクルミなどの木の実系ナッツを2オンス以上摂取すると、死亡リスクが57%も低下する——この衝撃的な結果は、2018年にダナ・ファーバーがん研究所の研究チームが発表した。対象は936人の患者で、術後化学療法を終え、転移のない状態だった。その中で、週に56.7グラム(アーモンド約22粒分)以上のナッツを食べていた患者は、全く摂取しなかった人より、がんの再発リスクが42%低く、全生存率も大きく向上していた。しかし、ピーナッツやピーナツバターを食べていた患者には、同じ効果は見られなかった。この違いは、何を意味するのか。
木の実と豆類の決定的な違い
研究チームは、ナッツを「木の実系」と「豆類系」に厳密に分けて分析した。アーモンド、クルミ、ペカン、ヘーゼルナッツなど、木の実系ナッツを週2回以上摂取した患者の無病生存率(DFS)は統計的に有意に改善(P=0.03)、全生存率(OS)もP=0.01で向上した。一方、ピーナッツを含む豆類系の摂取量と生存率の関係は、全く無相関だった。これは、単に「ナッツ」と言えば同じイメージでも、生物学的にはまったく異なるものだということを示している。
なぜピーナッツは効かないのか? ピーナッツは植物学的にはマメ科の豆であり、木の実とは構造も栄養成分も異なる。木の実系ナッツには、不飽和脂肪酸、食物繊維、ポリフェノール、ビタミンE、オメガ3脂肪酸が豊富に含まれ、炎症を抑える抗酸化作用が強い。一方、ピーナッツは脂質は多いが、抗炎症成分の種類や量が異なり、加工されたピーナツバターには砂糖や添加物が混じることも多い。研究者たちは、「ナッツの効果は、単なるカロリー補給ではなく、特定の生体活性物質によるもの」と推測している。
6年半の追跡で見えた「生き延びる食習慣」
この研究の強みは、長期間のフォローアップだ。平均6.5年、最長では10年以上にわたって患者の食生活と生存状況を追跡した。対象の936人のうち、19%(177人)が週2オンス以上の木の実を摂取していた。このグループの3年生存率は、従来の70%を大きく上回る85%以上と推定された。一方、ナッツを全く摂取しなかったグループは、70%前後で推移。差は明らかだった。
「患者の自己申告によるアンケートなので、正確な摂取量は不明です」と、リーダーのTemidayo Fadelu氏は慎重に語る。しかし、統計的に有意な差が複数の指標で確認されたこと、さらにハーバード大学の2017年研究でも同様の傾向が見られたことから、偶然の可能性は低い。実際、地中海食の研究でも、週3回以上ナッツを食べる人はがんによる死亡リスクが40%低下していた。食習慣が、化学療法の効果を補完している可能性がある。
医師の声:「治療の補助として、ナッツを」
米国臨床腫瘍学会のダニエル・ヘイズ氏は、この研究を受けてこう語った。「大腸がんの患者は、治療の終わりを希望に変えるべきです。ナッツを食べることは、単に『健康にいい』という話ではなく、再発を防ぐ手段になり得る」。彼は、患者に『毎日7粒のアーモンド』を勧めるようにしている。手軽で、保存も利き、味も良い。治療の合間に、ポケットに忍ばせておくのも良い。
だが、注意が必要だ。この研究は「ナッツでがんが治る」というものではない。化学療法や手術の代替にはならない。あくまで「補完的」な選択肢だ。研究チームは、ナッツを「治療の一部」として推奨しているのではなく、「健康な生活習慣の一部」として位置づけている。
なぜこの研究が画期的なのか
これまで、がんの再発予防には薬物療法や運動、禁煙が中心だった。食事の影響は、あまり重視されてこなかった。しかし、この研究は、食事の「質」が生存率に直結する可能性を、初めて大規模で統計的に示した。特に、ステージIIIは再発リスクが高いが、まだ転移していない段階。このタイミングで食習慣を変えることで、命运を変えるチャンスがある。
さらに、日本でも大腸がんは増加傾向にある。2023年の厚生労働省の統計では、大腸がんの年間新規患者は約15万人。その多くは早期発見で治癒するが、ステージIIIで見つかるケースも少なくない。こうした患者たちにとって、この研究は「自分にできること」を明確に示している。
次に来るべきはランダム化試験
現状では「相関関係」は示されたが、「因果関係」は証明されていない。次は、患者を二つのグループに分け、一方にナッツを配布して生存率を比較する、ランダム化比較試験(RCT)が必要だ。すでに、ダナ・ファーバーがん研究所は、その準備を進めているという。もしRCTで効果が確認されれば、がん治療のガイドラインに「ナッツ摂取」が正式に加わる可能性がある。
「ナッツを食べることで、命を延ばせるなら、それは誰にとっても無駄なことではありません」と、研究チームは語る。毎日少しずつ、でも継続する。それが、がんと向き合う新しい日常の一部になりうる。
Frequently Asked Questions
なぜピーナッツは効果がないのですか?
ピーナッツは植物学的にはマメ科の豆で、アーモンドやクルミのような木の実とは成分が異なります。木の実には抗炎症作用のあるポリフェノールやオメガ3脂肪酸が豊富ですが、ピーナッツにはそれらの量が少なく、加工されたピーナツバターには砂糖や添加物が含まれることも多く、がんの再発抑制には寄与しにくいと考えられています。
どれくらいの量を食べれば効果がありますか?
研究では、週に56.7グラム(約2オンス)、つまりアーモンド22粒分以上の摂取で有意な効果が見られました。1日あたり約8粒、週に3~4回食べれば十分です。過剰摂取はカロリー過多になるので、適量を意識するのが大切です。
他のがんにも効果がありますか?
地中海食の研究では、乳がんや前立腺がんの患者でもナッツ摂取と生存率の向上が関連付けられています。特に、炎症性がんや代謝関連がんでは、ナッツに含まれる抗酸化物質が予後改善に寄与する可能性が高いとされています。ただし、大腸がん以外でのエビデンスはまだ限定的です。
ナッツは治療中でも食べても大丈夫ですか?
はい、化学療法中でも問題ありません。ただし、口内炎や消化器系の副作用が強い場合は、細かく砕いたり、ペースト状にしたりして摂取すると良いでしょう。無塩・無添加のものを選ぶのが基本です。医師に相談すれば、安全に取り入れられます。
ナッツ以外に、がん予後を改善する食事はありますか?
野菜、果物、全粒穀物、魚、豆類を豊富に含む「地中海食」や「DASH食」が推奨されています。特に、食物繊維の摂取量が多い人は、大腸がんの再発リスクが低くなる傾向があります。ナッツはその一部として、最も手軽に実践できる食材の一つです。
今後、ナッツががん治療のガイドラインに加わる可能性は?
現在、ランダム化試験の準備が進められています。もし効果が確認されれば、2027年頃までに米国や欧州のガイドラインに「ナッツ摂取の推奨」が追加される可能性があります。日本でも、がん患者の栄養支援ガイドラインに反映される見込みです。
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